事業再生実務を変える二つの新制度
―― 企業価値担保権と早期事業再生法 ――
この記事のまとめ
企業価値担保権と早期事業再生法は、経営者の方にとって、資金調達をするための大きな武器です。
いずれも、企業が深刻な経営危機に陥ってから対応するのではなく、事業価値が残っている早い段階で資金供給や債務調整を行い、事業再生を図るための新しい仕組みです。内容は以下のとおりです。
企業価値担保権
(会社の総資産を一体として担保にする制度)
不動産などの個別資産だけではなく、会社の総財産を一体として担保とし、事業の将来性や収益力を踏まえた融資を促進する制度です(2026年5月25日に施行)。
早期事業再生法
(金融債権者全員の同意がなくても、金融債務の調整が可能になる制度)
従来の私的整理では原則として必要であった金融債権者全員の同意に代えて、一定の多数決と裁判所の認可により、反対する金融債権者を含めて金融債務の調整を可能とする制度です(2026年12月11日の施行が予定)。
両制度は別々の制度ですが、事業再生実務では、以下の一連の再生プロセスの中で、相互に関係する可能性があります。
① 事業価値を踏まえた資金供給
② 必要に応じた金融債務の調整
③ スポンサー型M&Aや事業譲渡等による再生(困難な場合は民事再生等の法的整理)
今後の事業再生では、従前と比べて、
■ 「まだ事業に価値が残っている段階で資金を入れて立て直すのか」
■ 「既存の借入れを減額したり返済条件を見直したりするのか」
■ 「スポンサーを探してM&Aや事業譲渡を行うのか」
■ 「それでも難しい場合に法的整理へ進むのか」
といった選択肢を、より早い段階から検討することが重要になります。
企業価値担保権と早期事業再生法は、そのための新たな選択肢です。
法改正を踏まえて、事業価値が残っている段階で、資金調達、債務調整、M&A・事業譲渡、法的整理のうち、どの手法を選ぶべきかを早期に検討することが、これまで以上に重要になります。
この記事のまとめ
- 企業価値担保権は、会社の総財産を担保とし、事業の将来性や収益力を踏まえた融資を促進する制度です。
- 早期事業再生法は、多数決と裁判所の認可により、金融債務の調整を可能とする制度です。
- いずれも、事業価値が残っている早い段階で事業再生を図るための仕組みです。
- 今後は、事業価値を踏まえた資金供給や金融債務の調整が重要になります。
- 必要に応じて、スポンサー型M&Aや事業譲渡、法的整理も検討します。
- 企業の状況に応じて、どの段階でどの手法を選ぶかが重要になります。
第1 はじめに
近時、企業が経営危機に陥ってから対応するのではなく、事業価値が毀損する前の段階から資金供給や債務調整を行い、早期の事業再生を促すための制度整備が進められています。
その中でも特に注目されるのが、2026年5月25日に施行された「企業価値担保権」と、同年12月11日に施行予定の「早期事業再生法」です。前者は「事業の将来性に着目した融資」を促進するための新たな担保制度、後者は金融債権者の全員一致が得られない場合でも、一定の多数決と裁判所の認可によって金融債務を調整する制度です。
両制度は直接一体となった制度ではありません。しかし、いずれも企業の事業価値が残っている早期の段階で金融機関と企業が対応することを可能にするという点で共通しており、今後の事業再生実務を考えるうえでは、両者を併せて理解することが重要です。経済産業省の早期事業再生検討ワーキンググループでも、企業価値担保権が設定されている場合の早期事業再生手続上の取扱いが具体的に議論されています。
第2 企業価値担保権とは(2026年5月25日に施行)
1. 制度の説明
従来、金融機関が企業に融資する際には、不動産などの個別財産を担保として取得したり、経営者保証を求めたりすることが少なくありませんでした。
しかし、企業によっては、不動産などの有形資産を十分に保有していなくても、技術、ノウハウ、人材、顧客基盤、ブランドなどを背景として、事業全体として高い収益力や成長可能性を持っている場合があります。
企業価値担保権は、このような事業の将来性に着目した融資を後押しするために創設された制度です。金融庁は、企業価値担保権を「借り手が総財産(将来性を含めた事業全体)を担保とする」制度と説明しており、不動産担保のように特定資産の担保価値を算定し、その範囲で貸付額を決定する制度とは性質が異なると説明しています。
ここは少し注意が必要です。企業価値担保権について「将来キャッシュフローそのものを担保にする制度」と説明されることもありますが、法律上は、より正確には会社の総財産を一体として担保目的財産とする仕組みです。そのうえで、事業活動から生じる将来キャッシュフローや無形資産等によって形成される事業全体の価値を金融機関が重視することが制度の背景にあります。
また、企業価値担保権の目的は、金融機関の回収手段を単純に強化することだけではありません。金融庁は、事業者と金融機関との緊密なコミュニケーションと信頼関係を重視しており、金融機関が事業の状況を継続的に把握することで、必要な経営支援をタイムリーに行うことも制度の重要な狙いとしています。
2. 事業再生においてどのような意味を持つか
企業価値担保権は、スタートアップや事業承継だけでなく、事業再生の局面での利用も明示的に想定されています。金融庁が公表している活用場面では、新規企業による資金調達のほか、「事業承継・事業再生によって金融取引を大きく見直す場面」が代表的な利用場面として挙げられています。
例えば、本業そのものには一定の収益力があるものの、過去の設備投資等によって過剰債務を抱えている企業が、第二会社方式による再生を行うケースが考えられます。金融庁の想定事例でも、第二会社方式による再生を模索する企業について、新会社が企業価値担保権を設定したうえで、金融機関が今後の事業計画を評価して支援するケースが示されています。
したがって、企業価値担保権には、従来の個別資産担保だけでは十分な融資を受けにくかった企業について、「どの資産を持っているか」だけでなく「事業として今後どの程度の価値を生み出せるか」を踏まえて金融機関が支援するための選択肢を広げることが期待されています。
もっとも、「経営が悪化した会社であれば企業価値担保権によって簡単に追加融資を受けられる」という制度ではありません。むしろ金融庁が想定しているのは、事業の将来性について金融機関が十分な評価を行い、事業者との密接な関係の下で融資・モニタリング・経営支援を行うというモデルです。
第3 早期事業再生法とは(2026年12月11日の施行が予定)
1. 制度の説明
企業価値担保権等を利用した資金供給だけでは再建が困難で、既存の金融債務そのものについて返済猶予や債権放棄などの調整が必要となる場合があります。
そこで重要となるのが、「円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律」、いわゆる早期事業再生法です。同法は2025年6月に成立し、2026年12月11日の施行が予定されています。
事業再生ADRなど従来の準則型私的整理では、債務減免等の権利変更を実現するためには対象債権者全員の同意を得ることが基本となります。そのため、大多数の金融機関が再生計画に賛成していても、一部の金融機関が反対することで私的整理が成立しないケースが問題となっていました。経済産業省も、新制度について「事業再生ADR等の私的整理で必要となる全員同意が得にくい事業者」の利用を想定しています。
早期事業再生法では、経済産業大臣の指定を受けた指定確認調査機関が関与し、一定の要件を満たす事業者が早期事業再生計画と権利変更議案を作成します。そして、対象債権者集会において、原則として議決権総額の4分の3以上の同意を得て、裁判所の認可を受けることによって、反対した対象債権者も含めて権利変更の効力を生じさせることができます。
なお、議決権総額の4分の3以上という要件に加えて、常に「債権者の頭数の過半数」が必要となるわけではありません。一人の議決権者だけで議決権総額の4分の3以上を有する場合には、その一人だけで決議が成立することを防ぐため、例外的に出席議決権者の過半数の同意も必要とされています。
また、権利変更の対象としては、債務の減免だけでなく、期限の猶予その他の権利変更を行うことができます。裁判所は、手続・決議の法令適合性、債務履行可能性、対象債権者の一般の利益などを審査したうえで認可・不認可を判断します。認可された決議は全ての対象債権者に効力を有します。
2. 民事再生などの法的整理と何が違うのか
早期事業再生法の大きな特徴は、手続開始時の公示を行わず、金融債権に限定して権利関係を調整することができる点です。また、利用可能な事業者も、既に倒産状態にある企業ではなく、「経済的に窮境に陥るおそれ」のある段階の企業が想定されています。
これに対し、民事再生などの法的整理では、手続開始が公になるとともに、金融債権だけでなく商取引に基づく債権を含む幅広い債権関係が手続の影響を受けます。その結果、取引先との取引関係などを通じて事業価値が毀損する可能性があります。経済産業省も、新制度の検討に際して、法的整理では利用が公告され、商取引債権を含めた債務整理となることから事業価値や収益性への毀損が生じやすいことを問題として挙げています。
したがって、早期事業再生法は、法的整理に至る前の段階で、通常の商取引への影響をできるだけ抑えつつ金融債務を調整する制度として理解することができます。
もっとも、「完全な私的整理」というわけでもありません。多数決によって反対債権者を拘束する以上、指定確認調査機関による調査と裁判所による認可が組み込まれており、従来の私的整理と法的整理の中間的な性質を有する制度とみることができます。これは制度構造からの評価ですが、法律上も、指定確認調査機関による計画等の調査と、不同意債権者がいる場合の裁判所の認可が明示されています。
第4 企業価値担保権と早期事業再生法の関連性
両制度について特に注目されるのが、企業価値担保権が設定された企業が早期事業再生手続を利用する場合に、その担保権をどのように取り扱うかという問題です。
早期事業再生法では、担保権によって弁済を受けられる対象債権の部分については権利変更の対象から除かれ、当該部分について議決権も認められません。また、一定の場合には裁判所が担保権実行手続の中止を命じる制度も設けられています。
企業価値担保権についてもこの担保評価が必要となるため、経済産業省のQ&Aでは、**「企業価値担保権が設定されている場合、早期事業再生手続上、どのように担保評価を行うべきか」**という独立のQ&A(Q160)が設けられています。これは、両制度が実際の再生案件で交錯することを制度側も想定していることを示しています。
この点は、今後の実務上かなり重要になると思われます。企業価値担保権は個別資産ではなく事業全体を背景とする担保であるため、その担保価値をどのように評価し、どの範囲を担保権によって弁済を受けられる部分として扱うかによって、企業価値担保権者の議決権や権利変更の範囲が変わり得るからです。経産省の検討WGでも、企業価値担保権が設定された場合には「対象債権者となる面々の考え方が変わる」といった指摘がなされています。
第5 今後の事業再生実務への影響
企業価値担保権と早期事業再生法は、いずれも、企業が深刻な経営危機に陥る前の段階で事業再生に着手しやすくする制度です。例えば、企業の業績が悪化し始めたものの、事業自体には収益力や成長可能性が残っている場合、金融機関がその事業価値を評価し、企業価値担保権を利用して追加融資を行うことが考えられます。これによって資金繰りを改善し、事業を立て直すことができれば、借入金の大幅な減免まで行う必要はありません。
これに対し、追加融資だけでは再建が難しく、既存の借入金そのものについて返済猶予や減免などの抜本的な調整が必要となる場合には、早期事業再生法の利用が選択肢となります。同法を利用すれば、一定の要件の下で、金融債権者全員の同意が得られない場合でも、多数決と裁判所の認可によって金融債務を調整することが可能となります。
さらに、事業を維持するために新たなスポンサーが必要な場合には、スポンサー型M&Aや事業譲渡、会社分割などを組み合わせることも考えられます。
このように、今後の事業再生では、以下の流れの中で、その企業の状況に応じて複数の手段を組み合わせていくことが重要です。
① 事業価値を踏まえた資金供給
② 必要に応じた金融債務の調整
③ スポンサー型M&Aや事業譲渡等による再生(困難な場合は民事再生等の法的整理)
今回の制度整備を踏まえて、企業が資金繰りに行き詰まってから対応するのではなく、「まだ事業に価値が残っている段階で、どのような方法を使えば事業を残せるのか」を早期に検討する余地が広がったといえます。
今後の事業再生実務では、企業価値担保権、早期事業再生法、私的整理、スポンサー型M&A、法的整理といった各手法を個別に見るのではなく、企業の経営状態や事業価値に応じて、どの段階でどの手法を選択するかという視点が、これまで以上に重要です。